-坂道-
















「大佐…オレ、あんたが好きだよ」






夕暮れ時。
街が紅のベールで覆われ、
空は燃えるような橙に染まっていた。





両手をポケットに入れたまま振り返ったエドも
街に沈むような鮮やかな紅。



坂道に立ち尽くす彼の影は長く、
少し距離を置いたわたしの足元にまで伸びてきていた。






「エド?」



唐突に発せられたその言葉に、
喜びよりも驚きの方が勝ってしまう。
逆光で彼の表情は見えない。





「あんたが、好きなんだ」


「どうしたんだね、君がそんなことを言うなんて」



驚きを隠さぬままゆっくりと歩み寄り、その顔を覗きこむ。
少しだけ唇で笑ったままのエド。
わたしはつと眉間を寄せた。





「…他に、言いたいことがあるんだろう」


手の平でエドの髪を撫でる。
最初にふれた頃はまだ柔らかな感触だったのに、
今は長旅のせいなのか少しパサついてしまっているその髪。
エドは少しだけ眉間を寄せた。
何かをそっと押し殺すような表情で。






「オレは、あんたの傍にだけいられないから」


選べない、と自嘲気味に笑うエドは、今にも泣き出しそうな表情をしていた。





「そうだね、エド」





知っている。
自身を犠牲にするのも厭わず弟の魂を呼び戻した彼と、
そんな兄を何があろうと庇い続けるであろう弟と。
二人が、何があろうとも離れはしないということを。




どちらかを選べ、と言われたのなら彼は迷わずわたしを切り捨てるだろう。
彼にとっての唯一の絆のために。





「それでも君は、わたしを好きだと言ってくれる」












傍にはいられない。
いつか切り捨てるかもしれない。




それを自身で知っていても尚、
わたしを好きだと思い、それを伝えようとしてくれる。



伝えることで、わたしが離れ行くかもしれないと、
それを知っていても。







「ありがとう、エド」




それでいい。


君は、それでいい。
譲れないものがあるのなら、守り通せばいい。






どんなことがあろうとも、わたしは君を見失いはしないから。
















「明日には出立するんだろう?ほら、そんな情けない顔をするもんじゃない」
いろんな感情をその琥珀の瞳に一瞬交錯させて、
エドはそれからようやく笑った。





「大佐…あんたって、相当バカだよ…」
泣き笑いの表情で、それでもどこか嬉しそうに。



「君のためになら、いくらだって愚か者になってやるさ」



道化にでも何にでもなってやろう。
君が揺らがぬためならば。







「エド」


「わたしも、君を愛しているよ」







エドの背後で、坂道が空に消える向こうで、夕日がその姿を沈めていく。
陽炎のように、燃える紅の残滓を世界に灼きつけながら。