誓い









兄さんは僕のために傷を負うことを厭わない人。


僕が受けるべき痛みでさえ、引き受けようとする人。


例え僕がどんなに兄さんより強い力を持っていたとしても、
それはずっと変わらないのだと思う。


兄さんは幼い頃からずっと僕を守ろうとしてくれていた。
そんな兄さんが大好きで、僕はいつも兄さんと一緒にいた。


それは幼いけれど、とても純粋な気持ちだった。


それが変わってしまった。
あの日から。


禁忌に触れ、僕が肉体を失い、鎧の身となってしまったあの日から・・・。









「はー、疲れたぁ」


大きく伸びをして今まで読んでいた分厚い本を投げ出しながら、兄さんが呻いた。
机の上に山積みになった本を脇へ寄せて、頬杖をつく。


「兄さん、もう遅いし・・・続きは明日にしたら?」
毎日毎晩のように、手近な錬金術関連の文献を漁っては、
賢者の石に関する記述を探している兄さん。
しかし物が物だけに、なかなか目的の情報は手に入らず、
昨夜も今夜もほぼ徹夜状態だった。
僕はこの体だから徹夜でもまったく問題ないのだけれど、生身の兄さんは違う。
兄さんは瞬きを何度か繰り返して、眠気を覚ますように首を振った。


「いや、もう少し調べてみてから寝る」
「でも・・・寝ないと体壊しちゃうよ」
「大丈夫だって」


・・・全然大丈夫じゃなさそうだった。
いくら兄さんが人より丈夫だといっても、毎晩の夜更かしが体に良い影響を与えるわけはない。
兄さんだって、分かってるはずなんだ。
でも言っても素直に聞いてくれるような人じゃないしな・・・。
そう思って小さくため息をついた。


・・・と、視線を感じる。
顔をあげると、兄さんがこっちを見ていた。
目があっても、逸らそうとはしない。


「・・・・・・」


空ろで眠たげな眼差し。
けれどどこか悲しげな眼差し。


いつもの目だ。


兄さんは時々僕をこんな目で見る。
悲しいとは少し違うのかもしれない・・・。
何処か傷ついた目で。


兄さん自身は気付いてないのだ。
この眼差し・・・贖罪の目を。


神様はとても残酷で、僕らのちっぽけな望みですら叶えてはくれない存在で。
それでも高いところから見下ろし、近づこうとする矮小な存在を無情に蹴落としてくる。
だからこそ、神に近づこうとした僕らは・・・完全な人とは呼べない姿に変えられてしまった。


兄さんにとって僕の鎧の体は、罪そのものなのかもしれない。
人体錬成を行おうとしたのは僕ら二人なのだから、
罪深いのは僕ら二人。
それでも兄さんはこの体になった僕を見る度に、
激しい後悔と贖いきれないほどの罪を一人で背負おうとする。


違う、という言葉は兄さんには届かない。
そんな言葉は慰めにもならず。


弟をこんな体にしてしまったという後悔を、
これからも一人で背負おうとするのだ。


「兄さん・・・」


その視線に耐えられず、声をかける。
はっと我に返った様子で、兄さんが目を見開いた。


「だいじょうぶ?」


心配そうな僕の声に、どこかツラそうな表情で俯く兄さん。


僕は・・・僕は確かにこの鎧の体になってしまったことはとても悲しい。
でも兄さんがこんな表情で僕を見ることはもっと悲しいのだ。
兄さんにこんな思いをさせてしまっている自分が・・・悔しい。


誰より、僕を大切にしてくれる兄さん。
どんな言葉も、気休め以上にはならないのかもしれない。


兄さんの側に歩み寄る。


「アル・・・?」
僕は黙って、椅子に座る兄さんの足元に跪いた。


腕を伸ばして、目の前の小さな体を抱き寄せる。


「アル・・・、どうしたんだよ」


僕には兄さんのために流してあげられる涙もない。
兄さんを暖かく包んであげられる体もない。


僕がいることで、兄さんはいつも罪を再認識し続けなければならないのかもしれない。
・・・それでも。
涙すら見せようとしない兄さんのために僕ができること・・・。



「傍に・・・いるから。兄さん」




呟きは、兄さんに届かなかったかもしれないけれど。


僕は、僕自身のこの言葉を、一生胸に誓っていく。