潮騒







あなたと僕が触れ合おうと思うのなら、どちらかがほんの少し腕を伸ばせば良いだけ。


あなたと僕が言葉を交わそうと思うのなら、ほんの小さな呟きだって届くはず。


あなたと僕が見つめあおうと思うのなら、ほんの少し視線を隣に向ければ。




空は青。
突き抜けるように遠く高く。


海は碧。
映し出すように広く深く。



「綺麗だねぇ、兄さん」
子どもみたいにはしゃいだ声に、少し呆れたような表情で兄さんがこっちを見る。
「そんなに嬉しいのか?」
「もちろんだよ!」
間髪入れずに答えて、僕はクスクスと笑った。


旅の途中。
宿のおばちゃんから、近所に綺麗な海があると聞いてやってきたのだ。
そこはイメージしてたよりもずっと素敵な場所で。


真っ白な砂浜。
さざなみが白く揺れ、風が吹く度にその表情を優しく変える波。
べたべたしそうな潮風も、暑すぎるくらいの日差しも、すべて心地よくさえ感じられた。


「最っ高・・・!」
今の気持ちを表せる上手い言葉が見つからない。
兄さんがまたつまらないことを言う。
「まぁ・・・、アルがそんなに喜んでくれたなら来たかいもあるか・・・」
そう言って、ボリボリと頭をかく。
「んもー、兄さんはこの海を見て感動しないのかい?」
「んー、アルがオレの分も感動してくれてるならなぁ」
そう言って悪戯っぽく笑った。


「えいっ」
「・・・え?おい、ちょっと、アル!!」


ビックリしてる兄さんの腕をつかんで、強引に走り出す。
波打ち際に向かって。
何度も砂に足をとられて転びそうになったけれど、
その内兄さんの顔にも楽しそうな笑顔が浮かんできていた。


ざっぱーん。
波の音を表現する擬音といえばこれしか思い浮かばない
僕の貧弱な表現力を密かに恨む。
感覚はないけれど、寄せては返す白波が気持ちいいような気がした。
子どもみたいに足で波を蹴る。


「アル〜、錆びるぞ・・・」


密かに恐ろしい発言が聞こえたような気もするけれど、スルーした。
・・・錆びても・・・きっと兄さんが何とか・・・してくれるよね。
ちょっと錆びは不安になったけど、
塩水に浸かってしまったので今更もうどうにもならない。


と、兄さんが
「魚!!」
と言って水面を指差した。


そこにはよく図鑑で見るような縞々模様のお魚が、二匹仲良く泳いでいた。
僕たちに気付いたのか驚いて逃げていく。

「兄弟だったのかな?」
兄さんの言葉に、頷く。
「そうだね・・・。僕たちみたい」


「子どもの頃はよくこうやって日が暮れるまで二人で遊んだよね・・・」
母さんが死んで僕らが過ちを犯してから、こんな風に過ごすことはほんとんどなくなってしまった。


懐かしい日々。


「ケンカしてもすぐ仲直りしたよなー、オレたち」
思い出して、兄さんが笑う。
「僕がいじけて隠れちゃっても、兄さんはすぐに僕を見つけてくれたね」
「ははっ。だってアル、いつも隠れる場所決まってたからなー」
「でも僕は・・・」
「・・・んー?」
兄さんを見つめる。
「僕は・・・いつもいじけて隠れながら、兄さんが迎えに来てくれるのを待ってたんだ」
目を細めて優しく微笑む兄さん。


何となく、沈黙が流れた。


波の音だけがまるで音楽のように僕らの鼓膜を振動させて。


風が気持ちいい。


兄さんの方をそっと窺うと、兄さんも目を閉じて気持ち良さそうに風を受けていた。
少しほつれた三つ編みが太陽の光を受けてキラキラと輝く。


「キレイだね」
さっきの言葉をもう一度呟く。
「そうだな」
兄さんが笑った。


一度離した兄さんの手を、もう一度握りなおす。
一瞬ちらっとこっちを見たけれど、兄さんはそれ以上何も言わなかった。




兄さんがもし輝く海であるなら。


僕は海を映す空でありたい。


僕らは映しあいながら、ずっと互いのそばにある。





ねぇ、神様。


僕の兄さんが兄さんで、本当に幸せです。


兄さんの弟で本当に幸せです。


この人のそばに、変わらずいられる僕は、誰よりも幸せです。