柘榴








何かが崩れ、壊れゆく様はとても美しい。


それがどんなものであろうと。


どんな形であろうと。


生と死がとても良く似ているように。


それらは等しく平等に。


とても儚く。


そして美しい。






かつて緑あふれる豊かな地として名を馳せていたその町は、
今は多くの瓦礫と焼け野原のみが僅かに残るだけの巨大な廃墟と化していた。
吹く風には大粒の砂が混じり、そこかしこで時折、小さな竜巻を起こしている。


刻は夕暮れ。


崩壊し、生命をまるで感じさせない風景が紅く染まり、
それはさながら一つの絵画のような趣さえ醸し出していた。


ガラガラ・・・と砂を崩すような音がどこかで聞こえる。
破壊され砂と風に侵食された建物が、またどこかで崩れ去ったのだ。

再び静寂が戻り・・・また崩れる。



そんな、人間が存在することは許されないような、
一種の荘厳とした空気の中に、その黒髪の女性はいた。


凛とした、どこか近づきがたいような怜悧な表情。
整いすぎたマネキンのような白磁の肌を夕日で紅に染めながら、
眼前に広がる光景を微動だにせず眺めていた。


「・・・きれいだわ」
ぽつり、呟く。


この光景を作り出すきっかけをこの地に投じたのは彼女だった。
その為に実際に動いたのは、この町の人間たち。
動いた人間は、死ぬその間際まで彼女の意図のかけらすらも
窺い知ることは適わなかったであろうけれども。


人間とは愚かね。
ちっぽけで、矮小で、そして救いようのないおバカさんたち。


町が滅び行くのを目の当たりにした時、「俺達の町が・・・」そう言って
驚愕と絶望に染まった人間たちの表情を思い出して、彼女はクスクスと笑った。


「壊すんじゃないわ。これは必要なプロセスなのよ」
伏目がちに歌うように呟く。


その声に反応するように、風が一際強く吹いた。
・・・砂塵が舞う。


彼女は心外そうに眉をひそめた。
「あら、怒ってるの?この町はこんなにも美しく生まれ変わったのに」


死者は、星になり風になり、万物に還るという。
この風が死者の魂そのものなのだと、彼女は疑いもしなかった。
疑いもせず、ただ嘲笑う。


世界は環だ。
生は死へと還り、有は無へと。
その逆もまた然り。
それはまごうことなきこの世界の法則であり、最も美しい輪廻。
ではそれに自分が手を貸して悪いことなどあろうか。


音もない風に髪をなびかせ優雅に微笑む彼女の足元に、
微かな気配が近づいてくる。


微笑む表情を仮面のように張り付かせたまま、
彼女は足元の小さな生き物を眺めた。
それは小さく痩せ細った子猫。
その姿を捉えても、彼女の目に快不快といったどんな感情の色も浮かびはしなかった。


さらさらさら・・・。


足元の砂が風にさらわれる。
子猫の目に砂が入り、一瞬目を伏せた。


シュッと音もなく彼女の爪が針のように伸びる。
正確に子猫の喉元を狙う・・・かと思われた。
が、その手は寸前で止まる。


新たにもう一つ、気配が現れたからだ。


それは子猫よりふた回りほど大きめの猫。
親か・・・兄弟なのだろうか、模様が酷似していた。
口に何かをくわえていた。
子どものこぶしほどの大きさの紅い物体。


彼女の足元まで歩いてくると、それを口から離し転がした。
「・・・柘榴?」
足元の小さな物体を手に取った彼女は、それ以上何も言わず猫を見つめた。
猫も黙って彼女を見据える。


「これで子猫を見逃せと言うの?」


猫は何も言いはしなかった。
きびすを返して、元来た道を歩き始める。
一瞬躊躇して、子猫もその後を追った。
猫と、子猫を、彼女の爪が貫くことはなかった。


そこにはまた彼女ひとりだけがいた。
その手には十分に熟れた紅い実。


またどこかで何かの崩れるような音がする。
彼女は何か考えるように空を仰いだ。



「ラースト♪」
聞き慣れた声に振り向く。
「何やってるの?こんな所にいても楽しくないよお」
腕をぶんぶん振り回しながら、彼女のそばへ来た。
「ええ。・・・あら、あなたまた何か食べてきたのね」
グラトニーの口の周囲は鮮血に染まっていた。
指摘されて、服のそででぐいぐいと口の周りを拭いてから答えた。
「ここに来る途中、猫がいたんだ。お腹すいてたから、食べちゃった」
「・・・・・・」
「二匹いたけど、一匹逃がしちゃった・・・残念」
指をくわえて悔しそうにするグラトニーの頭をぽんぽんと叩き、
「そう、残念だったわね。ま、いいわ。行きましょ」
と微笑む。


グラトニーを先頭に歩き出す・・・と、戻るその途中で彼女は足を止めた。
視界で何かがうごめく。


そこには小さな血溜まりがあり、僅かな肉片が飛び散っていた。
グラトニーの食べ残しだろうか・・・。
そのそばで小さな物体が動いた。


それは確かに先ほどの子猫だった。
小さな体を屈めて、僅かな、仲間の肉片を食んでいる。
その鼻先は、死んだ猫の血で染まっていた。


「・・・・・・」


顔をあげた子猫と目が合った。
夕暮れの光を受けた瞳が怪しげに煌めく。
その目には、一筋の生があった。


「お前は、それでも生きるのね」


初めて、子猫が声をあげる。


「そう・・・・・・」


この上もない優しい表情で彼女は微笑んだ。
それは、どこか残酷で、母のような愛情に満ちた笑みだった。






小さくなっていく彼女の背中を、子猫はずっと見つめていた。
紅に沈む町に一人佇みながら、また一つ肉片を口にする。



再度顔をあげた子猫の瞳に、血のような鮮やかさに染まる町並みが映り。

その背後には、無残に潰れた柘榴が転がっている。